『インストール』綿矢 りさ
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インストール (河出文庫)
著者:綿矢 りさ |
高橋源一郎が誉めていたので、読んでみた。蹴りたい背中は読んだんだけど、あんまりピンとこなかったような気がするな。これも、まあどうなんだろう。こんな小学生やだなと思うんだけど。面白かったと思うけど、どこがどうっていうわけでもないな。キャラクターは立ってる。
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インストール (河出文庫)
著者:綿矢 りさ |
高橋源一郎が誉めていたので、読んでみた。蹴りたい背中は読んだんだけど、あんまりピンとこなかったような気がするな。これも、まあどうなんだろう。こんな小学生やだなと思うんだけど。面白かったと思うけど、どこがどうっていうわけでもないな。キャラクターは立ってる。
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裁判官に気をつけろ! (文春文庫)
著者:日垣 隆 |
久しぶりに読んだ日垣隆の本。相変わらず面白いです。
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レタス・フライ (講談社文庫)
著者:森 博嗣 |
うーん。スカイクロラは面白かったし、だいぶんはまったんだけど、それ以外の作品は、なんだかいまいちしっくり来ないな。なんでだろうね。「砂の街」とかはまあまあなんだけど、「刀之津診療所の怪」とかは、だめだな。キャラクターとか話自体はいいんだけど、なぞの部分が、で?って感じで、まったく興味湧いてこないんだな。スカイクロラだけ読んで、他の作品には手を出さないのが吉。ってことで。
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Joel on Software
著者:Joel Spolsky |
ソフトウェアに関わる人は、これを常に手の届くところに置いておいて、何かにいきづまったときに開くと良いだろう。何かしら有益なアドバイスが手に入れられる。すばらしい。
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年金定期便がこないので、社会保険庁に電話で問い合わせたんだけど。
勤務先の会社から社会保険庁に住所変更の届出が出されていなくて、それで届いていなかったんだけど、そのときに社会保険庁のシステムがとてもすばらしいことを発見しました。
1.住所不明で戻ってきているのにも関わらず、住所不明で戻ってきているかどうかは記録として残っていないようである。
→送ったよ。ちゃんと届いたかどうかは、私の責任ではなくて、郵便局の責任です。
2.会社から住所変更の届出をしても、本人が社会保険庁に電話して再送してくれるように頼まないと、再送してくれない。
→そもそもちゃんと届いたかどうかわかんないんだもん。届いてなかったら、届いてないっていってくれなきゃわかるわけないでしょ。
3.再送するのに1ヶ月から2ヶ月かかるってさ!
→忙しいんだもん。
なんだか、がっくりするようなシステムです。普通の会社だったら、二度と契約してもらえないけどな。よかったね、親方日の丸で。
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日本語が論理的な記述に向かないというような話があるが、そもそも、たぶん、日本語っていうのは、”あいまい”を記述するようになっている言語なんではないか。そう考えると、これはこれで、とても優れた、他に類をみない言語であることがわかる。
漢字の読みが複数あり、組み合わせたときに他の読みをすることもできるというのは、日本語ならではの機能であり、同じ漢字を使っている中国では、漢字の読みは一種類しかない。(だったはず)
このように記号が1対1対応ではなく、1対多対応になっているような多様性を持った言語はまれであろうと思う。
これはオブジェクト指向でいうポリモーフィズムと同じ機能であるといえよう。たぶん。
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”手前”とか”自分”ってのは、自分のことをさしたり、相手のことをさしたりする奇妙な言葉である。コンテクストによって、自己にも他者にもなるっていうのは、それは相対的なものなんだよっていうことと、第三者的な俯瞰した視線から状況を捉えているような気がする。他者の視線からみた自分であったり、コミュニティの視線からみた自分であったりする。
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もう途中で何度読むのをやめようかと思ったかしれない。でも、なんとか頑張って最後まで読んだ。で、何だろうね。最終章を読むまでは、これは失敗作だな。山本直樹を読めよ。山本直樹のほうが遥かに文学的だ。と思っていたんだけど、まあ、最後まで読んだ今でも、だいたいそういう感想なんだけど、エピローグの部分で、ひょっとしたら、ここまで我慢強く読んできたからこそ、このエピローグが生きてくるんだろうか?というようなことも思ったんだけど、それは、エピローグがそれまでの章のトーンと違うからで、うーん、でもいまさらそんなこと言われてもねえ、って感じで、ここまできっとたどり着かないでみんな挫折するんじゃないかな。この最後のエピローグまで無事にたどり着けるようにナビゲートできていたら、よかったんだと思うんだけどね。おしい。
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英語の"I"に対する日本語は、”私”であったり、”僕”であったり、”俺”であったりする。英語では"I"は"I"である。なぜなのか?
"I"は、始めに自己があるのに対して、”私”や”僕”は、始めに他者があるのではないだろうか。"I"は、他者が存在しなくても存在する絶対的なものであり、一方”私”や”僕”は他者が存在しなければ存在しない相対的なものではないだろうか。そのように考えれば、日本語には複数の"I"に対応する言葉があることも納得いくし、主語が無くてもいいということになる。
そもそも"I"は、絶対的な存在なのだろうか?"I"というものは、何かの一部を指す言葉ではないだろうか。全体的なものの一部を、それ以外のものから分けて認識したい場合の、一つの仮の名前でしかないのではないか。
いやまあ、そういうことではなくて、"I"の場合は自己→他者というベクトルであるが、”私”や”僕”は他者→自己というベクトルである。これが一つの日本人のメンタリティの構成要素であるのだろうと思う。
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ベンヤミン (ちくま学芸文庫)
著者:ハワード ケイギル,リチャード アピニャネジ,アレックス コールズ |
ベンヤミンの入門書。絵が多くてすらすら読めるが、すらすら読めることと理解できることは、当然ながら同じではない。いろいろ興味深い概念は提示されているけど、詳しくは本文を読めってことで、詳細な解説はされていない。ブレヒトの異化効果なんてのは、ベンヤミンとは別に興味あるテーマである。
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アレゴリーって何よ?の続き。
とりあえず、Wikipediaで調べてみるが、なんだかここの説明では、よくわからない。
松岡正剛
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0685.html
『アレゴリーとシンボル』ルドルフ・ウィトカウアー
っていうそのものずばりなタイトルの本が紹介されているが、高いっすね。
”アレゴリーには民族と歴史の記憶の襞が刻まれている。”
”アレゴリーは見立てをふやし、自身のイマジネーションにいくつもの隙間をつくる。”
と述べられています。これは、アレゴリーの説明ではありませんね。面白いけど。
現代美術用語辞典
http://www.artgene.net/dictionary/cat6/post_584.html
”寓意、寓意像の意”、”抽象的な概念や思想を、具体的形象によって暗示する表現方法”であると。
”アレゴリーの他の特色として認められるのは善悪の対比による宗教や道徳上の教訓、風刺の要素をもつ”と。
少しわかってきたような気がする。抽象を具象で表現するってことね。で、その具象は代替物であると。そして対比の要素があると。
シェリングのシンボルとアレゴリーの違いについての説明もあるけど、よくわからない。
三重県立美術館
http://www.pref.mie.jp/BIJUTSU/HP/event/collcata/select2003works/067redon-oil.htm
オディロン・ルドン《アレゴリー 太陽によって赤く染められたのではない赤い木》の説明に
”アレゴリーとはある事物を直接的に表現するのではなく、他の事物によって暗示的に表現する方法を指す。この場合2者間には明白な関連性はなく、表象はあくまでも暗喩的であり代替的である。それ故、力点は「いかに」よりも「何を」伝えようとしているかに置かれるきらいがある。”と。
明白な関連性が無い。代替的である。なるほどなるほど。
えーと、なんとかまとめると。
ものごとを、あんまり関係ない別のもので代替させる表現方法。
みたいな感じでしょうか。
村上春樹の小説は、ほとんどすべてアレゴリーであると。そういうことで、よろしいでしょうか。
「かえるくん、東京を救う」のかえるくんもみみずくんも何かの象徴であり、かえるやみみずでは無い。だいたい地震を起こすのは、なまずだし。なまずとかプレートの断層なんかの象徴がみみずくんなのか、それとも地震自体が何かの代替物で、天災のようなもの、あるいは何か不幸なことの象徴なのか。で、なまずではなくみみずを代替物に選んでしまうのが、村上春樹的であると思う。巨大なみみずが地震を起こすっていうイメージは、受け入れられるし。かえるくんが闘うっていうのは、まあ、それもありか。ケロロ軍曹か。こういう遠いイメージを結びつけるところがうまいんだろうな。
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『1Q84』が売れているらしい。発売日に本屋でみかけて以来、その姿は杳として知れず。一体どこへ行ってしまったのやら。で、まあ、結局買ってないんですけど。何で、そんなに村上春樹なんだろうと、つらつらと考えていて、レトリックとアレゴリーなんだな。で、あっちとこっちを地下水脈で連結しているところがきっと普遍的で世界中で共感しているんじゃないかというようなことを考えた。でアレゴリーって何よ?って話になるわけですが、何だかはっきりしない。で、地下水脈は迂回路でも代替輸送でもいいんだけど、ようは近道じゃないってところがポイントで、つながらないような点と点が繋がるってところが、面白いんではないかと。で、アレゴリーも輻輳しているのと、一般的な象徴を回避しているところが、肝なんではないかと。まあ、雑然と思った。
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さしむかいラブソング―彼女と別な彼の短篇 (ハヤカワ文庫JA―片岡義男コレクション)
著者:片岡 義男 |
片岡義男っていうと角川文庫の赤い背表紙がずらっと並んだ本屋の棚を思い出す。そして、ちょっと軽薄なイメージも。で、なんとなく手にも取らず、パラパラとは見てみたけど、あんまり興味がもてず、そもそもこういう感じというか恋愛小説もハードボイルドもアメリカ文学も興味がなかったので、接点がなかったというほうが正しいのだろうけど。
で、最近読んでいた本の中で、高橋源一郎が誉めて(多分)いたのを見て、そういえば、ちゃんと読んだことなかったなと思って、本屋に行ってみたけれど、時は流れ、角川文庫の棚にも1冊くらいしかなくて、あの大量に並んでいた赤い背表紙はどこに行ってしまったのだろうか。と思っていたら、早川からアンソロジーが出た。これ幸いと読んでみたら、なんというか、結構面白い。なんだかよく分からない感じのものもあるし、20、30年前の小説なんで、少し古い感じもするんだけど、それでも結構読める。いやいや、片岡義男はなんだか結構いいです。
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君は永遠にそいつらより若い (ちくま文庫)
著者:津村 記久子 |
SIGHTにインタビューが載っていて、文学作品がほとんどバックグラウンドに無いってところに興味を引かれて読んでみました。
いや、思ってたより良かったです。もっとなんか違う感じの作風を思い浮かべていたんだけど。でも、登場人物がうまく絵にならなくて、なんでだろって思うんだけどね。背の高い人とかでかい人とか出てくるんだけど、具体的にそのでかさが描写されてる場面が無いからなのかもしれない。
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| 難解な本を読む技術 (光文社新書)
著者:高田明典 |
そんなに手っ取り早く難しいことを理解する方法は無いんだよ。っていうことが書かれている本。速読なんてこと言わずに、たっぷり時間かけて読めっていうか考えろってこと。ノートに書き込みながら何度も読めとおっしゃる。そうだよね。そういう地道なことでしか理解は深まらないんだろうな。もっと書くことをしないといけないと改めて思いました。
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| ひと月15万字書く私の方法
著者:佐々木 俊尚 |
ツリー構造ね。なるほど。トップダウンに整理をつけるツールとしてはアウトラインプロセッサはいいね。しかし、良いアウトラインプロセッサってないね。WZEditorもいいんだけど。私も愛用してます。Ver.3.0でとまってるけど。紹介されているツールは参考にしてみよう。
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| 新書アフリカ史 (講談社現代新書)
販売元:講談社 |
厚い。アフリカの通史。あんまり現代のことは書いていない。
ヨーロッパの植民地となって、独立を勝ち取ったはいいが、政治も統治もできる人がいなくて、混乱のうちにあるというようなことが書いてある。アフリカに必要なのは人を育てることなんではないかと思った。もう少し詳しい歴史もひもといてみようと思う。
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定本 言語にとって美とはなにか〈2〉 (角川ソフィア文庫)
著者:吉本 隆明 |
読んだのは昔の角川文庫版だけど。結局、ほとんど理解できてないような気がする。取りあえず読みましたって感じか。まあ、取りあえず読んだってだけでもえらいもんですよ。
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こどものもうそうblogから
”人間は、自分の中の情報じゃなくて、他者/外部の情報を使って何かをすることが上手いから、わずかな情報しか内部に持たないのにいろいろできちゃうんだ”
って。面白い。
つまり外部記憶装置=環境を使って、CPU=脳が処理を行っているっていうこと?ミラーニューロンとかって関係あるのだろうか。
文字もそうだけど、そもそも人間って外部のリソースを大量に消費する生き物だよね。っていうか生き物自体が、外部リソースを大量に消費する機構で成り立っているのか。
記憶って、人間の内部だけじゃなくて外部の環境にも保存されているんじゃないかと私は思ってるんだけど、これの科学的説明ってなんかできないもんだろうかとずっと思ってるんだけど、それに少し関係ありそうな。メモおしまい。
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